労働安全衛生法とメンタルヘルス

私達が暮らしている日本では、労働者が基本的人権である「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができるように、使用者が守るべき最低限の基準を示した「労働基準法」という法律があります[1]。それは、労使間で取り決めた労働条件を遵守し、誠実に履行するよう義務付けられているのです。「労働安全衛生法」では、快適な職場環境を形成するとともに、改善し向上するように努めなければならないとも示されています[2]。ここでは、労働安全衛生法に基づいた労働者の職場における安全と心身の健康の確保や、職場の安全性向上への取組みについて紹介していきたいと思います。

労働安全衛生法とは? 労働安全衛生法改正をめぐる動向 法律に基づいたメンタルヘルス管理とは

労働安全衛生法とは?

労働安全衛生法とは、昭和47年に「労働者の安全と衛生について」の基準を定めた法律で、職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的としています。かつては労働基準法に、「労働者の安全と衛生について」の規定がありましたが、これらの規定を分離独立させて作られたのが労働安全衛生法です。労働基準法と一体とされる一方で、修正・充実された点や新たに付加された特徴など、独自の内容も少なくありません。

労働安全衛生法は、事業者が労働者の安全と健康を確保するようにしなければならないほか、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければなりません。また、長時間労働者に対する面接指導等が盛り込まれていましたが、平成27年12月1日に導入されたストレスチェック制度では、労働者の心理的な負担の程度を把握するための、医師・保健婦等による検査(ストレスチェック)の実施が事業者に義務付けられました。

これは、定期的に労働者のストレスの状況について、医師や保健師等によるチェックを行うことにより、労働者本人が自らのストレスの状況について認知できるので、メンタルヘルスにもたらされる不調のリスクを低減させるとされています。また、検査結果を集団ごとに集計し分析することで、職場におけるストレスの要因を分析し、職場環境の改善につながるので、ストレスの要因を軽減させることが期待されています。さらに、不調のリスクの高い労働者を早期に発見できるので、早い段階での医師による指導や治療にすすむことができます。

ストレスチェック制度は、労働者数が50人以上の事業場で実施が義務付けられていますが、50人未満の事業場では当分のあいだ努力義務となりました。また、ストレスチェック制度の対象となるのは、正社員はもちろんパートタイム労働者、契約社員、嘱託再雇用者など、労働安全衛生法に基づく、一般健康診断の対象となっている非正規労働者もその対象となります。労働安全衛生法は、かつては物理的な労働環境の危険性に焦点が置かれ、事故や疾病を未然に防ぐための作業条件・環境を適正に整備する対策が講じられてきました。併せて労働者の身体のみならず精神の健康管理の確保を目的とする施策にも目が向けられるようになったことは、大きく評価できることではないでしょうか。


労働安全衛生法改正をめぐる動向

労働安全衛生法は、時代の変遷と労働者を取り巻く環境や問題意識の変化を踏まえて、何度か改正されてきました。昭和63年の改正では、労働者の健康の保持増進のための措置が事業者の義務となり、労働者への安全衛生と健康教育が努力義務化されました。平成4年には、快適な職場環境形成のための措置が事業者の努力義務とされ、安全衛生管理者の選任を義務付けました。また、平成8年の改正では、産業医の資格の強化と役割が重視され、健康診断後の医師の勧告を事業者は尊重し、必要な措置を講ずるべきものとされています。

平成17年の改正では、長時間労働により心の健康を害する例が増加していることを踏まえて、長時間労働者等に対する医師の面接指導制度の導入が行われました。そして、平成26年の改正、平成27年12月1日に導入されたストレスチェック制度は、定期的に労働者のストレスの状況について検査を行い、本人にその結果を通知して個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させるとともに、検査結果を集団的に分析し職場環境の改善につなげる取組が施行されました。

検査結果を通知された労働者の希望に応じて医師による面接指導を実施し、医師の意見を聴いた上で、必要な場合には作業の転換、労働時間の短縮その他の適切な就業上の措置を講じなければならないとされています。これは、近年職場のメンタルヘルスに対する関心が高まっていることに関連して、それに付随する部分の改正が加えられた結果です。

ようやく、職場環境で生じるストレスが人体に悪影響を及ぼし、労働災害の一端を担っていることが公に認められ、職場のメンタルヘルスに関して常に意識を高めることが大切だといえます。また、法律が施行されて5年を経過したのちに、政府は改正後の労働安全衛生法の施行の状況について検討を加え、必要に応じて措置を講じることが規定されたので、新しい制度の施行状況や、労働災害の発生状況等を踏まえつつ、今後も労働安全衛生法の見直しが行われていくことが予想されています。


法律に基づいたメンタルヘルス管理とは

ストレスチェック制度は、そもそも、労働者のメンタルヘルス不調を未然に防止することを主な目的として創設されました。近年、仕事や職業生活において、5割を超える労働者が強い不安や悩みやストレスを感じている状況にある中、事業場において、より積極的に心の健康の保持増進を図るため、平成18年3月31日にメンタルヘルス指針を公表し、その実施を促進してきました。にもかかわらず、仕事による強いストレスが原因で、精神障害を発病し労災認定される労働者が、平成18年度以降も増加傾向にありました。このことから、労働者のメンタルヘルス不調の未然防止が、ますます重要な課題となったのです。こうした背景を踏まえて、平成26年6月25日に公布された「労働安全衛生法の一部を改正する法律」において、心理的な負担の程度を把握するための検査、及びその結果に基づく面接指導の実施等を内容とした「ストレスチェック制度」が新たに創設されました。

これは、事業者に対し法律に基づいてメンタルヘルスの管理に義務を課すものであり、労働者に対して受検を義務付ける規定が置かれているわけではありません。これらを理由とする懲戒処分、解雇、雇止め、退職勧奨、不当な配置転換や役職の変更等が禁止されていることはいうまでもありません。あくまでも、労働者の安全と衛生についての基準を定めたものでなければならないからです。

上記のことから、労働安全衛生法に基づくメンタルヘルス管理の本質を考えたとき、事業者に求められるのは、事業経営の一環として、積極的に本制度の活用を進めていくことが望ましいということです。なぜなら、ストレスチェック制度はメンタルヘルス不調の未然防止だけでなく、従業員のストレス状況の改善や働きやすい職場の実現が期待できるので、生産性の向上や業績アップにもつながるものであることに留意してほしいからです。

このほか、47都道府県の産業保健総合支援センターにおいて、メンタルヘルス不調の予防から、職場復帰支援までのメンタルヘルス対策全般について対応する、総合相談やストレスチェック制度導入に関する支援も行っているので、是非参考にしてみてください[3]。

労働安全衛生法は、労働者が安心して働くために、職場の安全と労働者の健康を確保するために作られた法律です。施行前の昭和36年には労働災害で亡くなった人数が6712人とピークに達し、その後も6,000人前後の死亡者が出ていたため、国は労働災害防止のために労働安全衛生法を制定しました。

施行から40年以上の年月を経て、著しい経済発展や取り巻く社会情勢のめまぐるしい変化にともなって、何度となく改正が繰り返されて、労働環境の安全性の向上や労働者の健康管理が徹底されてきました。その結果、平成28年度の労働災害による死亡者数は928人と過去最小にはなりましたが、依然として多くの尊い命が失われている状況に変わりありません。

だからこそ、平成26年に一部改正された、ストレスチェックによるメンタルヘルスへの取組みに、大いに期待が寄せられているのではないでしょうか。

『参考資料・サイト』
[1]労働基準法「電子政府の総合窓口:eーGov」
[2]労働安全衛生法「電子政府の総合窓口:eーGov」
[3]産業保健総合支援センター「独立行政法人 労働者健康安全機構」

記事 メンタルヘルスコンディショニング講座講師・佐々木幹

佐々木幹

佐々木幹メンタルヘルスコンディショナーⓇ

投稿者プロフィール

株式会社スマイルエデュケーション3代表取締役

大手民間スクールで約30年間スクール経営に携わり、販売マーケティングを皮切りに、商品開発室、教務室、学務室、通信教育センターの各部門責任者を歴任

現在は、自身が企画したメンタルヘルスコンディショニング通信講座の資格(メンタルヘルスコンディショナー)を取得し、「Live」「Love」「Smile」をかけ合わせた造語『LiLoveS』をコンセプトとしたハッピーライフカウンセリング協会と、学ぶすべての方の笑顔を目指すSmileCom(スマイルコム)のスクール運営を行う一方で、当サイト(メンタルヘルス情報サイト)の記事執筆を手掛けている。

メンタルヘルスコンディショニング講座はコチラ
https://smile-learn.com/product/

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コメント

    • あいう
    • 2019年 7月 08日

    企業として50人以上の職場にいたことはありますが、事業場が50人以上のところでストレスチェック実施なんですねー。どーりでやったことないわけだ。
    人数が少ない事業場こそ一人一人の負担が大きそうだし、やった方がいいんじゃないかなーと思った。ストレスチェック、どんなことをやるんだろう。

    • 佐々木幹
      • 佐々木幹
      • 2019年 7月 08日

      あいうさん

      投稿ありがとうございます。

      50人未満の事業場は、今はまだ努力目標のようですね。
      「人数が少ない事業場こそ一人一人の負担が大きそう」はおっしゃる通りかと思います。

      ストレスチェックですが、厚労省が運営しているHP「こころの耳」でストレスチェックできますので、まずはそちらを試されてはいかがでしょうか?
      ・5分でできる職場のストレスセルフチェック(http://kokoro.mhlw.go.jp/check/)
      ・3分でできる職場のストレスセルフチェック(http://kokoro.mhlw.go.jp/check_simple/)
      簡単にできますよ!!

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